まち日記(旅と仕事と日々ごはん_時々走り)

ダイアリーから移行しました

似て非なる韓国人の仕事への関わり方

韓国人の師匠と晩飯。仕事のことでいろいろ教わってから、溜池の新しいビルの中の「ほっこり」へ。ちなみに私はこの「ほっこり」という言葉がなぜかすごく違和感があってだめなんだ。こんな言葉、なかったでしょう。でも、広辞苑に載っててショック。「きれいめ」と並んで、なんかバカ女が使う言葉みたい。

話が本題に行くまえにそれた。
本題は、似て非なる韓国人と日本人の、いや、日本人である私の、仕事への関わり方だ。あまり職場に不要な期待をしてもどうかとは思うのだが、どうしても、職場の中で、自分を高めるものや、知的刺激や、チームワークが生み出す励ましや喜び合いやら、そういうものを私は知らず知らずに期待している。そういう自分勝手な期待が裏切られると、すごく失望してぐったりする。
韓国の会社だって、日本の会社と同じような雰囲気なわけで、年功序列とは言わないが、外から見ると職場の連中とやたらと飲みに行くし、何かプロジェクトものには、まるで学芸会の準備のように盛り上がってハイテンションでみんなでわいわい仕上げにかかるし、上司を立てるし、もちろん会社組織もピラミッド型だし。
なのになのにヤッパリ全然違うらしい。師匠いわく、彼らにとって、知的刺激や自分を高めたり、励ましたり励まされたりというのは、地縁、学閥でやるものであって、たまたま所属する会社というのは、そういう自分が競争したり、出し抜いたり、プレゼンスを高めたりする場所でしかないらしい。
まぁ私だって会社というものにロイヤリティはないけど、それにしてもロイヤリティはあったほうが本当なんだろうなぁ、今の私はたまたまこういうことなんだろうなぁと思っていたりする。ところが彼らにとっては、ロイヤリティはないのが当たり前。ロイヤリティは家族に、学友に、同郷の人に感じるものであって、職場に感じるものではない、と。例えばサムスンの中でも、同じ部署にいる人よりは、同じ学校出身で、たまたまサムスンにいる人同士は協力し合う、むしろ同じ学校出身でLGにいる人と協力し合って、お互いが自分がたまたま所属する会社で地位を固めるために力をもらうんだそうだ。だから、転職は別になんでもないこと、らしい。
ほーっ、知らなかったよ。私も自慢じゃないけど韓国人との付き合いは長いと思うんだけど、そうだったのかぁ、と改めてビックリした。きっと、もっと知らないことがいっぱいあるんだろうな。でも、こんな話をして、自分がいかに、いろんな前提とか常識を自分で決め付けていたんだなぁいうことが分かる。