まち日記(旅と仕事と日々ごはん_時々走り)

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一ノ関〜陸前高田、南三陸〜石巻


盛岡の朝。城址公園まで散歩。緑がさわやか。


 


どこか美味しい朝ごはんが食べられる店はないものかと、街をうろつくが、休日ということもあって開いている店自体が少ない。空いているのは結局全国チェーンの店ばかり。ドトールで朝セットにした。



荷造りをして、ホテルに夫を置いて、一人で一ノ関に向かう。
今日、明日2日間の被災地スタディツアーに参加。


一ノ関駅に集合してバスで移動。内陸から海岸沿いに出る。


(えーと、この後は、あまり楽しい話じゃありません。ショッキングな写真は掲載していないつもりだけど、震災のこと、思い出したくない人にはこの先を読むことはおすすめしません)


最初にバスを降りたのは陸前高田市。人口約2.4万人の市の人口のうち約7%の人が津波で亡くなった。屋上近くまで津波が来て、職員からも被害が出たという市役所庁舎には花が手向けられている。もうなんというか想像を絶する切ない風景。



市役所のある場所というのは普通は街の中心。なのに周囲に残っている建物はほとんどない。



ほど近い場所にスーパーマーケットの建物が残されている。地元で10店舗ほどを展開するスーパー。少し中も見学させてもらった。その後、市の体育館と図書館の建物も見学。持ち主もおそらく取りに来ることのない、または持ち主自身も命を落としてしまったのかもしれない自動車が、震災から1年半も経ってもそのまま打ち捨てられている。



陸前高田市の仮庁舎でお話を聞かせてもらう。
震災当日に役立った情報インフラはなんだったのか、被災した中でも行政サービスは続けなくてはならない大変さ、家族の安否が分からない中でも市民のために広報紙を毎日発行して避難所に届け続けた話、あらゆる場面で自衛隊が役立った話…小さな市ですらこれほどの混乱、都心で同じことが起こった時のことを考えて備えを…との言葉が重い。


見学させてもらったスーパーは、地元で災害が発生した際に行政に協力する協定を締結していて、食料をはじめとした物資の提供に貢献した。全国規模のコーペラティブチェーンに加盟しているこのスーパーには、チェーン本部から、中越地震の際の知見を生かして、なにも頼まなくても日々必要な物資が送り届けられたという。災害発生から、日が経過するにつれ必要な物資というのは変化していくもので、知見を生かしての、こうした外からの支援はありがたかったと。スーパーの経営の復興の話も、とてもすばらしかった。


お話をきかせてもらったお礼がなにもできない。せめてもの貢献で、お話の後バスで立ち寄ったスーパーの仮店舗(だったと思う)で東北のさんまの宅配を注文。


その後、南三陸を経由して石巻へ。
宿泊した石巻グランドホテルの被災後の復興のお話を聞かせていただき、また感動。そもそも地元の名士であるのだろうけれど、経営者としてのその時々の決断の早さ、思い切りの良さ、広い目配り、経営を再開するのだという強い強い意思。多くの被災者の避難所としてホテルを開放したというお話もすばらしかった。

この方ですー。


食事のあと街に出て二次会へ。ささやかながら、お金を落とす。
日本酒飲んで、焼酎飲んで。


被災地をめぐることは、とても悲惨な被害ぶりを目の当たりにすることでもあるが、災害直後から、地域の人々に貢献しながらサービスを継続し、経営再建に取り組み、多くの決断をし、前向きに進んでいく人たちのパワーを直に感じることでもある。こんな体験、なかなかない。